『占領都市』

INTRODUCTION
オランダの首都として栄えたヨーロッパ屈指の大都市アムステルダム。運河が流れる「水の都」としても知られる風光明媚なこの街には、第二次世界大戦中の1940年5月から5年間、ナチス・ドイツの占領下におかれた恐怖の記憶がある。この間、人々は人権や言論の自由を奪われ、ユダヤ人を中心に多くの犠牲者が出た。有名なアンネ・フランクのように強制収容所へ移送された人は10万7千人。統計では、その内の実に10万2千人が虐殺されたとされている。「二度とこうした歴史を繰り返さないために」と映画化を構想したのは『それでも夜は明ける』でアカデミー賞(R)作品賞・助演女優賞・脚色賞の3部門を受賞した英国出身の映画監督スティーヴ・マックイーン。製作はA24、歴史家で妻のビアンカ・スティグターが2019年に著した「Atlas of an Occupied City (Amsterdam 1940-1945)」を原作とし、傑作『SHOAH ショア』をも彷彿させる4時間11分の大作ドキュメンタリーとして完成させた。

アムステルダムを第二の故郷として暮らすマックイーンが目指したのは、単なる知識や情報としてではなく、場所をして語らしめ、当時の記憶を鮮烈に蘇らせるような映画。アーカイブ映像の使用やインタビューによる回想はあえて使わず、35mmフィルムで130ヶ所にも及ぶ「現場」を正確に捉えることで、計り知れぬ恐怖の日々を体感させる。子供たちの声が響くにぎやかな公園、美しいレンガ造りの家…それらの美しい風景も、忌まわしい虐殺の記憶を持っている。これは、約80年前の過去と現在との距離を取り払う挑戦であり、マックイーンとA24にしか到達しえないスケール感と野心に満ちた記念碑的な映画だ。
撮影は「ドキュメンタリーの一般的な撮り方は自分に合わない」と話すマックイーンが一言「素晴らしい」と絶賛したレナート・ヒレッジが担当。音楽は同じくA24製作の『aftersun/アフターサン』でも劇伴を担当したオリバー・コーツが担当。王立映画アカデミー、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ出身でチェリストでもあるコーツは、クラシカルな素養と電子音楽を融合した幻惑的で浮遊感のある音像を作り上げた。

本作は、カンヌ国際映画祭スペシャル・スクリーニング部門で上映されたのち、英国インディペンデント映画賞で長編ドキュメンタリー賞、クリティックス・チョイス・ドキュメンタリー・アワードで監督賞・歴史ドキュメンタリー賞・撮影賞にノミネートされた。日本でも今年3月にTBSドキュメンタリー映画祭の海外招待作品としてプレミア上映され、TBS DOCSが買い付けた初めての洋画作品(11月22日(金)公開の『人体の構造について』)に続く2本目として、12月27日(金)より一般公開される(長尺作品のため、上映中にはインターミッションを1回挟んで上映される予定)。
STAFF
スティーヴ・マックイーン
監督
英国を代表するアーティストであり映画監督。マイケル・ファスベンダーがIRAのハンガーストライカーを演じた初の長編『ハンガー』(2008)は絶賛を浴び、カンヌ国際映画祭カメラ・ドール賞を受賞。続く長編『SHAME -シェイム-』(2011年)ではファスベンダーと再タッグを組み、ファスベンダーはヴェネチア国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した。『それでも夜は明ける』(2013年)は、アカデミー賞(R)作品賞・助演女優賞・脚色賞の3部門を受賞したほか、ゴールデングローブ賞、BAFTA(英国アカデミー賞)で受賞し、同年の賞レースを席巻した。4作目の長編『ロスト・マネー 偽りの報酬』(2018年)は、ヴィオラ・デイヴィス、シンシア・エリヴォ、エリザベス・デビッキ、ミシェル・ロドリゲスらが出演した。2020年にはアンソロジーシリーズ『スモール・アックス』がロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞を受賞した。シリーズ5作品のうち3作品が第58回ニューヨーク映画祭で上映され、『ラヴァーズ・ロック』がオープニングを飾ったほか、2020年カンヌ国際映画祭にも出品された。
過去のドキュメンタリー作品には、ニュークロス火災の悲劇とその後を描いたBBCの3部作シリーズ『Uprising』(2021年)がある。1981年に13人の黒人の若者が死亡し、その後に続く英国の人種問題を決定づけた出来事とその後を描いた作品だ。マックイーンは同シリーズの監督と製作を担当し、共同プロデューサーも務めている。
ヴィジュアル・アーティストとしても多くの賞賛を浴びるマックイーンは、1999年にはターナー賞を受賞し、2009年には英国代表としてヴェネチア・ビエンナーレに参加。世界中の主要美術館で作品を展示・開催しているほか、シカゴ美術館とバーゼルのシャウラガー美術館で回顧展が開催された。2016年、ハーグでヨハネス・フェルメール賞を受賞。テート・モダンとテート・ブリテンでは、2019年・2020年に絶賛された2つの展覧会、「Year 3」と「a Retrospective Steven McQueen」を開催した。2017年、マックイーンは同年6月14日にノース・ケンジントンのグレンフェル・タワーで発生し72人が亡くなった大規模火災に関する作品を制作。同作はサーペンタイン・ギャラリーで初公開された。2020年、マックイーンは芸術への貢献が認められ、女王の新年の栄誉リストで爵位を授与された。
ビアンカ・スティグター
原作
歴史家、文化批評家。オランダの新聞NRCハンデルスブラッドに寄稿し、3冊のエッセイ集を出版。スティーヴ・マックイーン監督の『それでも夜は明ける』(2013年)と『ロスト・マネー 偽りの報酬』(2018年)でアソシエイト・プロデューサーを務めた。2019年、彼女は「Atlas of an Occupied City (Amsterdam 1940-1945)」をアトラス・コンタクト社より出版。2021年、ドキュメンタリー『Three Minutes - A Lengthening』を監督し、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映されたほか、テルライド、トロント、サンダンス、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭などに出品された。『Three Minutes - A Lengthening』は、ホロコースト関連ドキュメンタリーの優れた作品に贈られる2022年度ヤド・ヴァシェム賞を受賞。アメリカ、イギリス、オランダなどの映画館で上映され、高い評価を得た。
レナート・ヒレッジ
撮影
数々の受賞歴を誇る撮影監督で、オランダ撮影監督協会の会員。子役として歴史アクション・シリーズに出演。オランダ映画アカデミーを卒業後、ポール・ヴァーホーヴェン、マタイス・ヴァン・ヘイニンゲン、ヤン・デ・ボンといった名だたる監督たちと仕事をし、世界中のクルーとコラボレーションしている。
メラニー・ハイアムズ
ナレーション
オランダのアムステルダムを拠点に活動するイギリス人声優、歌手、作家。声優としての仕事は、商業的なものから物語的なものまで多岐にわたる。2023年に初の詩集『Home Symbols』を出版。同作は『ル・マイル』誌に、アーティストのアニー・ヴァン・ノールトヴァイクとの共同プロジェクトとして発表した。現在、ジャズとグレート・アメリカン・ソングブックの曲を研究している。
オリバー・コーツ
音楽
イギリスのグラスゴーを拠点に活動するチェリスト、エレクトロニック・プロデューサー、作曲家。映画『aftersun/アフターサン』などの作曲を手がけ、これまでに3枚のソロ・レコードをRVNG Intl.からリリース。アルカ、ミカ・レヴィ、セガ・ボデガらともコラボレーションしている。ソロ・アーティストとしては、マンチェスター・インターナショナル・フェスティバルでデヴィッド・リンチのキュレーションによるヘッドライン・セットを演奏し、ヨーロッパとアメリカでトム・ヨークのオープニングアクトを務めた。フェイダー誌はコーツについて「エイフェックス・ツイン級の音域を持ち、時代を超越したものをエレクトロニック・ミュージックに変換する耳を持つ音楽の第一人者」と評した。
INTERVIEW
Q:2005年にすでに映画の製作を考えていたというのは、とても興味深いですね。本作がパンデミックの影響をリアルタイムで捉える形になったことも大変印象的です。2020年、アムステルダムの風景は大きな変化を遂げ、ゴーストタウンのようになりました。この特殊な状況が、過去の亡霊を掘り起こすための強烈な舞台となり、まるで時間が止まったように感じられました。
スティーヴ・マックイーン(監督/以下、S):まさにそうでしたね。まるで、私たちがこの映画を撮っている間に、ひとつの時代が駆け巡ったかのようでした。COVID-19、ジョージ・フロイド、トランプ、そして気候問題への抗議運動。編集を始め、映像を見返すにつれ、この映画が、時代のドキュメントであり、その奇妙さと危うさを捉えていることは明らかでした。そして占領時代の物語も、よりタイムリーなものになったと感じました。
Q:ある意味で、2020年に起こったすべてのことは、1945年以降に築かれた世界の縮図のようです。脆弱な理想主義、憎悪、権力、破壊への衝動を正すことのできなかった私たちの失敗が、コロナ禍で頂点に達したかのようでした。また、アムステルダムでの抗議デモの中には、植民地主義や奴隷制の遺産など占領以前からの歴史の深い層が、いまだにこの街に影響を与えている様子も見受けられました。
ビアンカ・スティグター(原作/以下、B):それらのすべてが主に17~18世紀に建てられた都市であるアムステルダムで起こっています。つまり、この映画では、過去と現在が目に見える形でぶつかり合っているのです。
S:あらゆる過去と現在が交わっている。それは過去から学ぶということでもあります。ファシズム、人種差別、反ユダヤ主義が再燃する様子を目の当たりにしながら、占領と否認主義についての映画を作るというのは、とても不安な感覚でした。歴史が繰り返される可能性を思い出させられました。
Q:この映画には大作のようなスケールがありますね。4時間を超えるという大胆な選択ですが、もし半分の長さだったら、観る者に異なる印象を与えるかもしれません。この映画から受け取る重厚さは、物語が積み上げられ映像に重なり合っていくところにありますし、この長さのおかげで映画のもう一つのテーマである、「観客に自ら気づかせる」ということが可能になっていると思います。
S:この映画は「旅」である必要がありました。本作の物語の語り方に慣れてもらうには、時間をかける必要があると思ったのです。徐々に別のモードに入っていくような感じです。意識が集中するとき、漂うときがあっても全く問題ありません。ただインタビューを見ているのとはまったく違う体験なのです。
B:これだけ長い映画でも、観客はどれだけ多くのことが省かれているかに気づくはずです。物語がいかに広大であるか、すべてを知ることはできないのだと認識させられるのです。
COMMENT
★★★★★
圧倒的な映画。
ザ・ガーディアン
必見。
極めて重要な映画だ。
ロサンゼルス・タイムズ
斬新で挑発的。
魂を震わせる。
ハリウッド・レポーター
スケール感と野心に満ちた、
英雄的作品。
ニューヨーク・タイムズ