Story
トルコ・イスタンブールの街中。車道、マーケット、レストラン、ボスポラス海峡の砂浜…。あらゆる場所を縦横無尽に闊歩する犬たち。その数はかなり多く、社会もそれを自然と受け入れている。車をかわし、渋滞する車道をすり抜ける大型犬、その大型犬をうまく回避するドライバーたち。恋人たちが痴話げんかをするカフェの傍らで、耳を傾けながら横たわる犬。20世紀初頭の野犬駆除への猛省から、トルコの人々は野良犬と共存する道を選んだのだ。
ゼイティンの物語
大型犬が多くいる街中にあって、その存在感をひときわ大きく放っているのが、推定2歳前後のメス犬ゼイティンだ。躯体は筋肉質で毛並みもよく、「強く、美しい」と街中の人々も一目置いている存在だ。時に仲間たちと戯れ、コミュニケーションをとり、人間とも程よい距離感で過ごしている。すべてを見ているような目、すべてを聞いているような耳、すべての匂いを知っているような鼻。彼女はまるでイスタンブールのすべてを知り尽くしているかのように、しかし謙虚にそこに佇む。人々は政治の不満を口にし、恋人への嫉妬をぶつけるが、それをそっと聞いているだけだ。
カルタルの物語
カルタルは表情の愛くるしい、まだ幼いブチ犬だ。母犬と兄弟犬と常に一緒に行動しているので、どこか飼い犬のような表情をもっている。世話をしている建設現場の数人の男たちからも一番愛されている存在だ。彼らは犬たちに日々食事をあげて、お互いに信頼関係も出来あがっている。そんななか、建設現場に住むシリア難民の少年たちが、カルタルを譲ってほしいとお願いにくる。それを断ると少年たちはカルタルを盗み、自分たちの寝床へ連れて帰るのだった。サリという新しい名前をつけて。少年たちは誇らしげにサリを街中に連れ出し、愛おしそうに見つめる。配給された食事もサリやナザールに優先して与えるのだった。しかしそんな幸福も長くは続かない。建設現場を追いやられた少年たちは路上で寝ていたところを捕まり、サリも同じように連れられてしまう…。
ナザールの物語
ゼイティンと行動を共にすることの多いナザールも、ゼイティンと同じような躯体の大型犬だ。廃墟となった建設現場の瓦礫の中で、アレッポからたどり着いたというシリア難民の少年たちと寝床を共にする。少年たちの持ち物である古びた毛布に包まり、その表情は幸せそうだ。少年たちも犬を抱きしめて、幸福そうに夜を過ごしている…。しかし、彼らはその建設現場から出て行けと、管理人から日々脅されているのだった。